Ro novelize
taleshift_4
それは霧のような雨が視界を覆う、ある朝のことだった
霧と言うには少し強く、
雨と言うには少し弱い
枝葉に当たる飛沫が 跳ね返り、霧のように森を覆う
雲は薄く、日差しこそ無いが朝だと判る程度には明るかった
空気は澄み渡り、雨の森特有の爽やかな香りが気を落ち着かせてくれる
聞こえるのは、樹木に弾かれる雨の音だけ
唯一の武器を折ってしまったロアンは、一夜を過ごした巨木の下で
木にもたれながら、ただただ目の前の光景に見惚れていた
心が洗われるようだった
世界が、とても美しく感じられた
葉を伝う水滴の一滴
飛沫に煙る草花の鮮やかさ
羽を休める鳥や、息を潜める獣たち
取るに足りない虫たちの一つ一つですら、
いま、同じ世界を共有している
自分が、とても小さく思えた
いや、そうじゃない
今までに見えなかったものが見える
意識は狭い身体を離れ、広く、遠く... この世界の隅々まで...
いま、この瞬間だけは、
世界はとても優しかった
穏やかで涼しく、透明で、
静かで、優しく ...しかし、どことなく寂しい
その寂しさが愛しかった
自分はここに... この美しい世界に居るのだと、強く実感できた
そんな時のことだ
鈍い振動がゆっくりと近付いてくる
どこか軽やかなソレは、何かの足音だとすぐ判った
普段なら最大の警戒をもって迎えるソレだが、その時は、何故か...
足音はすぐ側で止まり、何か大きなものがロアンの隣に腰をおろした
彼と同じように巨木に身を預け、ゆったりと穏やかに息を吐く
軽く目をる
黄金の体毛と、力強い四肢がちらりと見えた
目が合うと、妙に人間臭い表情でニッと口を吊り上げて見せた
やりとりはそれで終わり。彼とロアンは森に視線を戻した
雨音に耳を澄まし、静かに時間が流れていく
時折、広場に舞い降りる小鳥たちを微笑ましく見つめながら、
穏やかな時間が過ぎてゆき... どれくらい経っただろう
傍らの同伴者が、ふと、手をこちらに差し伸べた
"彼"の大きな手のひらに、鎮座する物があった
彼の巨躯を考えればどう見ても不釣合いなソレは、無骨な剣
訝しげな視線を向けると、「受け取れ」と言うように顎をしゃくってくる
訳がわからなかったが、とりあえず受け取ってみる
手の平に吸い付くような感触
強く握ると、柄元の宝玉が炎のように輝いた
刃が赤熱し、刀身が煙のような水蒸気で覆われる
"彼"が満足そうに頷くのが、気配で知れた
軽く振ってみる
羽のように軽さの中に、確かな手ごたえが感じられた
重心が絶妙なのだと、すぐに理解した
いつしか夢中で剣を振っている自分が居た
朝霧の中、舞うように剣を振る
濡れた衣服は石のように重く、しかし驚くほど軽やかに
滑るように刃が空気を撫ぜる、その感触すら感じられる
...
ひとしきり舞った後、気付けば"彼"は居なかった
森の只中に立ち尽くし、夢見るように嘆息した
譲り受けたファイアブランドは、
確かな重みを持って、ここにある
"彼"が「エドガ」と呼ばれる森の主であると、後になって知った