_Ro novelize
entracte
ある日、森に女が迷い込んできた
森の外れとも言える場所で
ぼろぼろの布切れだけを纏って倒れていた
特に深い意図はなかったが、ロアンは彼女を保護した
女は、酷い薬物依存だった
目を覚まして、まず薬を求めた
もちろん、麻薬の類だ
有無を言わさず縛り上げ、湖の端に転がした
ロアンは少し離れた岩に腰掛けて、女を見つめた
女の目を見た
昏く、虚ろで、生気の欠片も無かった
意志もなく、気力もなく、誇りなど、ありようもなかった
女の蒼い瞳はくすんでいて、絶望ですら映してはいなかった
その時ロアンが何を思い、どうして行動に至ったか
それは敢えて語るまい
ただ事実だけを述べよう
暫く女を眺めた後、溜息をついたロアンは
女が抵抗しない事を確認して、縄をほどいた
解いた縄で女の片手を縛り、傍の木に固定する
懐から金具を取り出し、ファイアブランドで溶接して固定する
女の手首と太く頑丈な木はロープで繋がり、
多少は歩き回れるものの、逃げ出すことはできなくなった
そこまでしてロアンは再び岩に腰掛けた
しばらくすると女は身を縮め、自らの肩を抱いて細かく震え始めた
震えはだんだん大きく、激しくなり、ガタガタと激しさを増していく
ロアンは無感情に傍らの毛布を投げ与えた
女は、ただ必死に毛布を掻き抱く
日が落ちて、昇り
また落ちて、再び昇る
女にとっては、気の遠くなる時間
ロアンはただ見守った
時に身を捩り、苦痛を訴え
幻覚に苛まれ、皮膚を掻き毟る
吐くものが無くなっても、胃液を吐き、
涎や、涙や、糞尿を垂れ流し
長い髪を振り乱しながら、目に付く全てを口汚く罵倒する
激痛が駆け巡り、関節が軋み、
骨がばらばらに飛び散るような感覚に慄いた
激しい悪寒が絶え間なく女を遅い、震えが止まらず、下痢を繰り返す
手を変え、品を変えて襲い来る責め苦に、女は泣き叫んで抗議した
長い... 長い時間
幾度も日が落ち、そして昇る
だが苦しみ、悶える女には判らない
皮膚下を虫が這いまわる感覚に恐怖し、
痛みから逃れるために自傷行為を繰り返す
永劫とも思える精神の拷問。女はただ叫びつづけた
--- お願い、ヤクを... なんでもするから！ ヤクを... ヤクをちょうだいッ...！
その全てを、ロアンは見守った
手足を振り回し、体を掻き毟る女を抑えつけ、
泣きながら吐瀉物を撒き散らす女の背中をさすってやった
悪寒に苦しむ女を毛布で包み、泣き叫ぶ女を抱き締めた
日はまた巡り、太陽が空を暁に染め上げる
およそ常人には想像を絶する苦しみに、ようやく女が意識を手放したとき
もう何度目かも判然としない夕焼けが、森を紅く染めて消えた
これは、いわゆる美談ではない
感動的な話でもなく、同情すべき話でもない
特別な話でもない。世界の何処かで、
この瞬間にもたくさん、たくさん在ることだ
何故、森に倒れていたか？
何故、彼は彼女に構うのか？
何故、これほどまでに苦しまねばならなかったのか？
それらはとても重要なようでいて、その実どうでも良いことだ
一連の事象はなるべくして起こったし、それはこれからも同じこと
過去は闇へ、未来は判然とせず、現在に至るも混沌として...
ただ一つだけ言えること。彼が彼女を助けた理由。
それは---
女が目覚めたとき、世界は一変したように思えた
柔らかな木漏れ日が湖面に差しこみ、森の湖を幻想的に彩っている
鳥の囀り、樹木のざわめき、流れる風が女を優しく撫でていく
「起きたか？」
ふいに投げかけられる声
振り向くと、焚き火の前に一人の男が座っていた
青年と言ってもいいその容姿は、ひどく幼げに見え...
同時に深い年月をも感じさせる
男が手に、何か器を持って歩み寄る
湯気を立てる器からは、美味しそうな匂いがする
差し出された器を持とうとするが、手に力が入らない...
震える手を見かねたのか、スプーンで中身を掬い、口元に寄せてくれる
女はちらちらと男を窺い、びくびくしながらも慎重に口を付けた
男が女に料理を振舞ったのは、後にも先にもこの時だけだった
どんな味がだったかは覚えていない
そのことを、後になって随分と残念に思うのだが
何度思い返してみても、深く印象に残っていることは、一つだけ
木を刳り貫いて作ったであろうスプーンからは、
どこか懐かしい匂いがした
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